昭和47年1月25日 朝の御理解 (末永信太郎)
御理解第82節
大蔵省は人間の口をみたようなもので、その口に税金が納まらぬ時は、四分板張った戸一枚で寝てはおられぬ。どこの太郎やら次郎やらわからぬようになろうぞ。
社会人としての勤めとでも申しましょうかね。これをキチッとさせて頂くことも信心だぞと教えておられる訳ですよね。税金なら税金でも、やはり、これをキチッと払えるおかげを頂かなければならん。出けるだけ誤魔化して、出けるだけ払わんで良いなら払わんで良いというような者ばっかりであったら、いわば、もうお国が立たないというわけです。ね。そういうような風になっておる、と。ね。
それこそ、どこの太郎やら次郎やらすら分からんようになってしまうぞ、と。ですから、けっきょく信心させて頂く者が、どうでもその、おかげを受けなければならないことはですね、やはり、人からも神様からも、やはり信用される私どもにならなければいけないということですよね。
あれはデタラメであるとか、あれは怠慢だというようなことで、例えば、払えるものでも怠慢して払わないといったようなことではいけない、というわけですよね。
どうも、合楽にはそういうところがありますね。何か、妙なところへ神ながらを付けて、勤めねばならんところでも、もう、神ながら主義で、その、行くといったようなね、ところがある。ですから、先ずその、それがキチッと出けるだけのおかげを受けなければならん。これは、なら、いわば大蔵省と言うておられるけども、大蔵省だけのことじゃありませんよね。借金がある者は、やはり返さなきゃならん。
どこどこに、例えば色んな勤め事というのは、やはり勤め事だけはキチッとしなければならん。もらうとだけはもらう、して、やるとはやらん、といったようなこっじゃいけんという訳ですわね。まあ、不義理を欠いではならんと、まあ、いったようなことでしょう。ね。
そこで、そういうことをしよると、言うなら、どこの太郎やら次郎やら分からんということは、ね、人が( )ようにもなるといったような意味にも頂かなければならんと思うですね。もう、あれは金光様の信心するばってん、あれはもう、人間じゃなかと言われるようなのも、なら、金光様の信心の中にあるということ。はあ、あれどんがいくら、さかたんぼ打ったっちゃおかげ頂くはずがなか、やり口が悪かもん第一、と言われるような人があるんです、やはり。
神様だけには一生懸命、さかたんぼ打ってから、とても近所付き合いやら絶対せん、勤め事はせん、払うとこには払わん。ね、そういうことではいけんぞ、と。これは、やはり性格にもよることですけれども、私どもはどっちかと言うと、だらしがない方ですから私が。ですから、やはり、ここに集まって来る人達は、そういう類型が多いんです。ね。で、それを、いわゆる神ながらといったような、んなら、隠れ蓑とでも申しましょうか。ね。それは、本当にですね、あの、これは私の修行中の、あの、私はもう、一番何と言うても、もう金銭で一番修行させて頂きました。
ですから、ここでは金銭のことなら、私がそういう修行させてもらっとるから、金銭のことならおかげを頂くと、私は確信持っております。やっぱり私が修行をしとりますから。ね。それはもう、私がもし信心がなかったら、いや、信心があっておっても、神様からいちいちお知らせを頂いてなかったなら、おそらく、やはり、しだらごだったろうと思いますね。
けれどもね、なるほど、払えないから、払えるのは仕方がないけれどもね、払えんなら払えんで、もうそれこそ、ちゃっと、その約束の日にちには、いわば、もう必ず断りに神様がやらされましたよ。それはもう、まあ、こんな難儀なことはありませんですね。
お金ば払いげ、それが、だから、もう本当に放任しときたいです。もう、逃げ隠れしてからでん、もう会いたくないぐらいです。それをもう、度々に嘘なんですからね、払う目処は実はないのですから、その当時は。それでも、やはり向こうが、例えば、まあ、十五日待ってくれ、まあ、二十日待ってくれと言わなければ、向こうが承知しませんから。ただ、嘘です、それはもう実際。
けれども、そう言うてでも、断りに行け、と。それこそ、もう、断りに行く。もう、それこそ、試薬修行のね、病より貧より辛いものはないということを昔から言うが。もう、こげん辛い思いをすることはないです。けれども、なら、それを私は決してしだらくにはしませんでしたね。もう、どんなに、それこそ面から火が出るような思いをするでも、やはり、なら、どんなにその、罵倒されましてもですね、やはり、辞を低うして断りに行きました。もう、それこそ火の中水の中ちゅうごたる行ですわね、これは。ね。
昨日は上滝さんところの、恒例の謝恩祭でございました。昨日一昨日、親子三人で月次祭の日にお礼に出て参りましてから、宅祭りのことをお願いさせて頂きながら、親先生、細々ではありますけれども、22年間、今年で22回、謝恩祭を続けさせて頂きますと、こう言う。
ほお、大したことね、22年間続いたつねて言うて、私もその、ほんに22年も続いておることは知らなかった。明日、また万事におくり合わせを頂いて、どうぞおかげを頂きますようにと言うて帰りました。昨日、ちょうど4時半の御祈念を済ましておる時に、迎えに来てくれましたから。こっから、私と久富先生と家内と、そして繁雄さんと4人でおかげを頂きました。行きがけにね、私はこういう歌を頂いた。
「底深く静かに湧きいずる愛のまし水汲みて飲まばや」と。私はね、どういうことか分からなかった。けれども、昨日、上滝さんのところに行って、あそこで御理解を頂いて、はあ、こういうことじゃったんだなあ、と思うたんです。帰って来てここに座らせて頂いてから、はあ、このことだったなあ、と思わせて頂いたことでございましたけれどもね。ね。それこそ、底の底から、ね、静かに湧きいずるところのおかげのまし水を汲みて飲まばや、と。のまばやということは、どうでも一つ、飲ませて頂かなきゃ、どうでもおかげを頂かねばという意欲ということでしょう。
あちらへ参りまして、毎年のことでございますけれども、まあ、一つの驚きです。本当に、今、長男が小学校の6年生、後はみんな小さい子供、息子ばっかりが4人おりますから。まだ小さいのは、ようやく歩きと、歩くぐらいだったでしょう。それ、4人の子供達をそれぞれ教育を付けるだけではなくて、あれだけの百姓をしながら、お商売をさせて頂いて。
そして、それぞれに大学に行けれる子は大学にやり、出来るだけ、まあ、みんな大学にやるつもりだったらしいけど、出けんとは、まあ、巡査にしたり、勤めに出したりというて、それぞれの職をつけて、家内を持たして、ね、そして、百姓しながら、商売しながら、しかも80になるお婆さんを抱えながら、子供達のいわば手足を伸ばすどこじゃない。もう、それこそ、男が一生懸命やっとったっちゃ足りん、足りんと言おうごたる中にですね、そして、あの皆さんもご承知のように、立派な普請をしました。
もう、4~5年前でしたでしょうか。明くる年は蔵も建てました、物置も建てました。昨日、参りましてから、また立派になっとりますもん、家が。いわゆる、おばあちゃんと自分の部屋が出けております。もう、風呂場なんかは、もうそれこそ、もう、それこそ立派な風呂場が出来てます。
炊事場もきれいになりました。本当に女子一つで、もうとにかく、(みちしゃん?)なやっぱやるとはやるとばいと言うて、私はもう、(なまえてきあわせをしたち)話したことでございました。やり手と言うがですね、私は今日の御理解から頂きますとですね、それこそ、非常に出すね、何と申しますかね。言うならば、もう、払うところには払わんならん。こういう気持ちなんです。ね。
だから、もう、その、するとこにはせにゃならん。もう、義理を欠くということが出けん性分の人です。もう、神ながらてん何てんち、押しやるという人じゃ決してないです。ね。それこそ、本当に主人がなくなって、ね、そういう中にですよ。どうでしょうかね、まあ、不義理とかだらしなく、例えば、だらくすると致したりしましたらですね、それこそ、子供達はどこへ行っとるやら、ね、どうやら、それこそ、どこの太郎やら次郎やら分からんごとなったって仕方がないような情勢の中にですね、あれだけの子供達に、子供達がみんな、ね、この母親に苦労をさせてはならん。これは、どこに行っておる息子が送ってくれました、と言うて、もう自分の部屋にちゃっと、いわゆる暖冷房ですよね。冷房の(機?)がちゃっと付いてます。
私はま一つ驚きましたことは、やっぱもう、心臓ん強かモンには勝たんねち言うたこっでしたけども、いつもその、私が書いた物が御神殿にはいっぱい、もう、短冊から色紙がこうやって飾ってある。私が、姉が病気しております時に、手紙を寄越しとったそれを、きれいな額に表層してから、今度、その自分達の茶の間風に見事に表装してから貼って、軸があり、表層から、みんな私が書いたもんばっかり。
もう、合楽でアンタんげだけばい、こげん私が書いたもんだ色々沢山あるとは、と。いや、頂いておったっちゃ、いわば、色紙を頂いておっても、短冊を頂いておっても、短冊掛けいっちょ買わんところが多いじゃない。タンスの中に仕舞い込んどるか粗末にしとるかどうか知らんけれど。ね。
そりゃあ、なかなか、本当に字詰めの良い人です。もう、それこそ汚いぐらい字詰めの良い人です。けれども、人に義理を欠いじゃならんという、これが素晴らしいです。ね。人から笑われるようなことがあっちゃならんという、これなんです。もう、女子でで行きよるけんで、人が笑うたっちゃかんまん、しだごだでやって行こうと、そげなこつは、ところが全然、この人にないですね。
それでいてです、信心は、それは細々とではあるけれども、ね、22年間、やはり、ね、謝恩祭になら謝恩祭を続け抜いて来ておるということ。なるほど、皆さんもご承知のように熱心ではありません。月に何回か参って来るくらいなこと。んなら、かと言うて、なら、子供達が信心を反対するかと、皆、どの子でも信心をするです、参っちゃ来んけれど。金光様の御信心ということは、もう、徹頭徹尾思うております。
長男の一番の孫が出けた時には、もう親子で、どうでも一つ、ね、これだけはお願いして、親先生の名前を頂きたいち、名前を聡一郎ち言います。私の名前と同じ名前を付けてくれと言うて、お願いに来たんですから。ね。神様に、とにかく一途にすがっておるということにおいては、信心修行は出けんけれども、私はそういう、例えば(りつぎ?)な性格で人に不義理を欠くようなことをしない人が、ね、して、しかも忠実にまじめに働く人が信心させて頂くなら、もう、絶対おかげを頂くなと思いますね、おかげだけならば。
これは、上滝さん方が、言うならば手本だと、私は昨日は話したことでしたけれども。昨日ね、私は出掛けに神様にお願いさせて頂きました。そしたら、ね、これは例えば、皆さんの場合はどういうことかと言うと、もう、それこそ、ね、船は帆任せ風任せ。もう、それこそ親先生任せで、徳の船に乗って信心修行をしておられるという方が、合楽では、まあ、合楽の信心の中心をなさる方は、みんなそれだと思います。ね。
ところが、上滝の場合は自分の理詰めで行かにゃならんです。ね。自分のやはり、知恵力で思いで行かなきゃなりません。また、思いでやってきたわけです。ですからね、いわゆる、合楽という、ね、皆さんの場合は徳を受けるために、親先生任せで行っておる訳でしょう。
もし船がひっくり返ったら、船そんかわり、もろともという決心のもとに、皆さんはだいたいここに、朝参りをなさる方は、そういう信心をなさっておられますよね。今、只今修行の真っ最中ちゅうような方達は、もう、いよいよ親先生任せで、一から十までを親先生任せで行っておる人達の、しかし上滝さんは、それは全然ないですね。自分の良いようにしたい。
だから、どうぞ、良いようになりますようにという願いしか致しません。お伺いでもしてこうちゅうことはありませんですね。それは、右か左か、迷うた時にはお伺いしますけれども、自分がこれはよかと思う、こうした方が儲かると思うなら、それをクチッとやって行く人なんです。
そして、そのことを願うてやって行くという人なんですね。昨日、あちらで御祈念をさせて頂いて、さあ、いくら信心せろっちゅうたっちゃ、なかなかせんから、せろせろばっかり言うて出けんから、どういう御理解を頂くじゃろうかと思わせて頂きよりましたら、北野からたくさん参って来とりました。その北野ん中で、ある婦人の方の衣装を頂きました。この人はね、私ども(と?)男でも気が付くように、まだそういう実力もありませんけれども、非常にこの柄の見立てが上手。
いつも、何とはなしに粋な感じのというか、まあ、言うなら赤抜けした、その柄(合い)の着物を、洋服を着て来ても、着物を着てきても、ちょっと洒落た感じの着物を着て来ます。ね、いわゆるセンスが良いわけなんです。ね。上滝さんの信心は、ちょうどこの人のような、その人が、本人がそこに参って来とりましたから、〇〇さんのような、言うなら上滝さんの信心は洒落た信心だということです。ね。
いわば、センスは良い。おかげを頂くコツはもう、ピシャッと頂き止めておる。それはもう、本当にですね、本当にこの頃はもうおかげを頂いてから、お礼参りもせん。ね。ああ、参って来たけん、今日はちっと、まあ、きつい、こう、言おうかと思うても、上滝さんがここへ出て来てから、親先生おかげ頂いて有り難うございます、ち言うたら言われんとですけんねこの人は、本当。
そして、次におかげを受けておることを、もうそれは見事にお届け致します。そうの、そげんおかげ頂きよんなら有り難かのち、言える(声?)なかっですもん。
こげなことで、おかげ頂きませんけん、そりゃ見らんのと、こう言われる訳ですけどもね、おかげ事実頂きよるもんですから。ええ。そして、そのお届けの内容でも、そりゃ実に素晴らしいお届けをされるんです。いわゆる、言うならば何ちゅうですかね。親にでも、ちょいと小遣いでんやってから、ガバッともらおうとしとる人があるでしょうが。そういうコツを心得ておるです、この人は。
ほれはもう、例えて言うならば、私がおしゃぶが好きだから、もう絶対、もう絶対、金のかかったもんしか作りゃしませんて、料理でん何でん、本当です。それでも、まあ、親先生が喜びなさるごたるもんばちゅうことに、一生懸命思いをかけるです。だから、もういつも、毎年アンタんげ行くと、あの手打ちソバが食べられると言うて、私は楽しみで行きますが。
もう、本当にソバ、私も昨日はソバだけしか食べませんでしたけれど。もう、それでもですね、今までは嫁の里からもろうち来よったばってん、そげん、毎年、毎年もらうわけに行かんけんで、今年はばあちゃん、どうでんこうでん、家で作ろうじゃないのと言うてから、家で作ったっち。たった年に一回の謝恩祭のために、親先生にあげるために、ソバば作ったっち。そういう心掛けの人なんです。ね。
言うならば、信心が洒落てる。それはちょうど、ね、品もんな一つもよくない。まあ、私どもから見んならば、もう、この人はいつもウールばっかり、よか着物にでんウールぐらいしか着ちゃおられん。けれども、なかなか柄の見立てがええ、ちょっと見ると( )のごたる感じの物をですたい、その、柄やらその見立てが上手の、その北野の〇〇さんの例をとってです、(みつしゃん?)、あなた方の信心な、ね、いわば、言うならそういう信心だ、と。
だから、せっかく、そういうセンスを持っておるのだから、その〇〇さんがです、もっと実力が出けて、たくさんな金が出けるようになったら、ね、日田の綾部さん辺りのように、何十万もするような着物でも、だから、買う時にはね、おそらく素晴らしい見立てで買うことであろうということ。そりゃ、金ばっかり出したけんよかちゅうもんじゃありませんもんね。
えらいよか、これは何十万したちゅうちから言うたっちゃ、げさあっかてん、釣り合いの悪かつばして来とる人もありますよ、実力はあっても。ね、ですから、実力が出ければですね、例えばその、〇〇さんじゃないけども、いわゆる、(おめしならおめしが?)買えれるような実力が出けたら、私は素晴らしい、と。
上滝さんの信心もそうなんだ。ね。そこで、実力を頂かなければね、いわば洒落た信心に終わってしまう。おかげは頂かれようけれども、やはり、力を受けなければ、今、私が言うようなおめしの着物は着られんよと私が、力を頂かなければ。ね。ですから、おかげを頂くというだけならですね、人間がやはり、几帳面に忠実でですね、そして親先生は任せになることも何もいらん。信心をして行くなら、もう絶対おかげだけなら頂きますよ。ね。きちっとした、ね、しだごだにしない性格。
それでいて、神様におすがりし抜いて行くという信心。ずるさがない。ね。もう、よかよかちゅうごたる主義じゃない。それで、お願いをして行くならです、おかげだけなら間違いないけれども。ね。力を受けるということ、お徳を受けるということ。細々でもです、細い道でも踏み広げて通るのが繁盛じゃと仰る。
細々ながら、言うならばアンタ方、22年間、ようも続いたから、これからも踏み広げて行くためにはです、もう、ぼちぼちね、本当に実力を頂かせて頂くための信心修行が出けなければならないな、と。アンタげには船に乗っとらんとも申しませんでした。また、出掛けにこういう歌を頂いたことも話しませんでした。私はこれは帰ってから気が付いたんですから。はあ、これだったばいな、と思うてから。ね。
今までで言うならばです、浅いところの水を汲んでおるといったような感じです。ね。けども、もっともっとです、底深く静かに湧きいずる、ね、愛のまし水汲みて飲まばや。もういっちょ、その底の底から湧きいずる、ね、真の大みかげをです、飲まばやということは、頂かなければという、ここに一つ意欲を見せて信心させて頂くなら、そういう信心の言うならおかげを頂くセンスは持っておるのだから。
言うなら、着物で言うなら柄の見立てだけは上手なのだから。これに実力が出来りゃ、ね、どんな素晴らしい反物でもです、良いその見立てを持って、良いものを身に付けられるような実力を頂かせてもらうおかげを頂けれるのだから、おかげを頂かにゃいけんと言うて、まあ、話したこっでした。ね。
一見、もうそれこそ、何から何までおかげを頂いて、嫁御が気立てが優しい、しかも働きモン。二人のおばあちゃんに仕えて、ね、百姓は一人でするそうです。孫三人、そして、いつも身ぎれいにしてから、嫁としても(こうじょう)のない嫁を頂いておる。ね。
もう、何からかにまで、言うなら、言うとこないというようにおかげを頂いておる。まあだ、あの若さで、だからもう、アンタもう、その、体があんまり強くないから外にも出て、百姓もしませんから。もう、これからアンタ、いっちょお茶どん花どん習うちから、それこそ、教養高めにゃいかんばいちゅうたら、いや、私もそげん思いよりますち。親戚にお茶ん先生がおるけんで、お茶なっと稽古しようかち思いよりますというようにです、まあ、その、豊かな生活をだんだん出けるようになって。ね。
部屋なんかも、自分の思うとおりに家具類、調度品から全部揃えて。ね。本当に、田舎には珍しいような、言うなら住まいに住まわせて頂いて、そういう生活をさせて頂いておる。ね。さあ、どこまで行きゃ、息子が自家用車を持っとるから、自家用車で送ってくれるちゅうようなおかげを頂いておる。だから、そういう程度の、ここまでのおかげならばね、それで良いて。それは、ちょうどそれでも、ウールの柄のよか着物ば着とるぐらいなもんばいと、私が申しました。ね。
もっともっと、おかげを頂きたい。しかも、それがです、ね、それから第一に思いますことは、やはり何と言うても、そこに御霊さんの働きがあっておることだけは事実ですね。皆さんもご承知のような、あのような、例えば、んなら、合楽の教会の礎にもなろうかといったようなお国替えでございましたからね。
もう、これはもう、自分達もそれを感じておりますでしょうが、私はいつも行く度に思います。御霊様のお徳だなと思います。と同時に、今、今日、私が申しますようにです、ね、税金な払わんでいいなら払わんといったようなものを持たないて、この人は。払わにゃんもんな、どげんこうしてでん払う、と。ね。不義理をしちゃならん、(悪阻抜いちゃ?)ならん。ね。そういう意味の、例えば生き方で行くならばです、ね、必ずおかげは頂くです。ね。だから、そういうおかげではなくて、お徳を受けて行くということ。
おかげと共におかげを受けて行くということの為にです、ね、本気でおかげを頂くというか、言うなら合楽の皆さんがです、それこそ、ね、自分の思いというものは空しゅうして。ね、親先生が右と仰りゃあ右、左と仰りゃあ左というようにです、いわゆる、船は帆任せ風任せの生き方で行っておる人達と一緒にです、そういう生き方が出けるようになったら、あの性格でそういう生き方になったら、また徳を誰よりもスムーズに頂くことでしょうね。これからは、もう親先生任せで行くばい。
朝参りは一生懸命、家族中でさせて頂くばい。そしていて、今までのその性格というものを( )ですかね、今も申します。柄の見立ての上手と言うでしょうかね。そういうなものをフルに生かして行くならば、ね、そん為には、一つここで私がお歌を頂いておりますようにね、一つ本気で弾まなければいけない。底深く静かに湧きいずる愛のまし水汲み飲まばや、という意欲を上滝さんが起こすならば、ね、おかげと共に力を受けて行くでしょう、徳を受けて行くでしょう。ね。
表面だけの、言うならば美しさとか、表面的のおかげではなくて、もう、それこそ心からのおかげを頂くことでしょう。ね。信心は、ね、真心一つと言うが、ね、真心もピンから切りまで。けれども、アンタ方ん真心というのは、いつも浅いよち。ちょいと目先、先生を喜ばせるような真心は心得とるけれども、神様が喜んで下さるような真心は、アンタげは使いきりめがと言うて、昨日、話したことでした。ね。
ですから、そこんところをです、浅う深う頂かせて頂けれる信心させて頂くということ。今日は、この82節から、まあ、上滝さんところの例をとってお話致しました。ね。例えば、ここに載せておられますように、私どもが、ね、例えばルーズな心とでも申しましょうか、しだごだ。ね。それを、まあ、合楽風にそれに便乗した言い方を神ながらと、こう言う。払わにゃんとこでん、取り来んけん、もうよかよか。ね。
信心しよるけん、もう、あの人んとは付き合わんでんよか、いつも不義理。だから、信心せんモンな、信心しよってから、どうしたこっじゃろうか、と。例えば、後ろ指を指されるような人達もあるということ、信心しとっても。今、例えば、ね、本当に修行の真っ最中、真中だという人達でもです、ね、払えんなら払えんでもええて、ないのだから。けれども、そこに義理だけは立てて行かにゃん、ちゃんと。
たとえ、それがどんなに恥ずかしい思いをさせて頂いてでもです、ね、実はこういう訳だからて、アンタしらごつばっかり言うのと、例えば言われてもええて。何遍しらごつになっても良いから、実意を持って断りに行くといったようなね、そういう忠実さというか(りつぎさ)というものがなからにゃいけん。
これは、例えば上滝さんは、まあ、ちょっとした、いわば手本だなと私は思います。ね。そういう生き方で、例えば、参ります。そういう生き方ていうのは、例えばね、合楽風の悪いところですよ。風で行きますと、本当にどこの太郎やら次郎やら分からんようになります。
大蔵省だけのことじゃ決してありません。ね。もちろん、大蔵省はなおさらのこと。ね。私どもの周囲にです、ね、例えば勤めねばならないところへ、ちょっと勤めさせて頂いて、初めて金光様の信心しござるけん、やっぱ違いなさるなと言われるようなものも頂きながらです、また、いよいよ深い神様の御神意も悟らせて頂いての信心になって行かなければならない。信心する者は、何事にも信心になれよということなんですよね。どうぞ。